気になる口臭 この頁は「NHK今日の健康'91・5」より抜粋
内田安信 東京医科大学教授 一人で悩むことが多い口臭。その原因は大別すると、主として口の中の垢(あか)が原因の「病的口臭」と、最近急増している心理的な思いこみによる「自臭症」があります。 |
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日本人は元来、においに敏感だといわれていますが、口臭に関しても気にする人が多いようです。私どもの病院でも口臭に悩む患者さんが年ごとに増え、5年前、『口臭外来』という窓口を設けるに至りました。
口臭は自分では気づかず、周囲の人の指摘や、態度で気づくことが多いので、場合によっては強いショックを受ける人がいます。
医師の立場から言えば、口臭には気にしなくてよい口臭と、治療の必要な口臭があります。
例えば、朝の起きぬけの口臭や食後の口臭。これは「生理的口臭」といって、誰にでもあるもので、治療の必要はありません。しかし、しかるべき原因があって他人に不快感を与えるほど、異常ににおうものは「病的口臭」といい、治療をすべきものです。治療は原因を突き止めることから始まりますが、病的口臭のほとんどは、次のいずれかが原因としてあげられます。
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歯垢:左側の歯の汚れは,染色された歯垢 |
歯肉炎:そのままにしておくと,歯槽膿漏になる恐れがある |
義歯・ブリッジの歯垢:写真は義歯の場合。とくに冠や充てん物,すき間に注意する |
舌の垢(舌苔):舌の表面に細菌や食べかすがくっつき,白っぽくなる |
問題は、全身的な病気のあるケース。
例えば、慢性鼻炎、蓄のう症、慢性気管支炎、胃潰瘍、肝炎、糖尿病などです。肝炎、糖尿病の場合は特有のすえたようなにおいがあります。
いずれにしろ、歯科医に「口の中以外に原因がある」と指摘されたら、しかるべき診療科を訪れて治療をしなければなりません。
私どもの『口臭外来』にいらっしゃる患者さんの90%が「自臭症」です。自臭症とは病的な原因は何もないのに、口臭が気になる状態です。最近、非常に増えている症状ですが、それだけ一般の人の口臭に対する関心が強くなり、それが一種のプレッシャーになって、気にしすぎる人が出てくるのだと思います。
自臭症になる人には特徴があって、清潔好き、几帳面、繊細、潔癖性という性格の人がなりやすいといえます。また世代的にみると多感な女子中・高生、身だしなみには人一倍関心の強いOLや40歳過ぎの女性、仕事柄、人と接する機会が多い40歳代半ばの男性などに、自臭症の人が多いという傾向があります。
性格的なことはいたしかたないとして、なぜそういった世代の人がなりやすいかというと、次のようなことが考えられます。
中・高生は会話するときの距離が近く、顔を近づけておしゃべりすることが多いため、ちょっとした口臭にも気がつきやすいものです。また親しければ親しいほど、はっきりと「くさい」と指摘する世代でもあり、中にはその一言がグサリと胸に突き刺さって、それを契機に気にし出す人もいるのです。特に、同様なことが、何度か繰り返されると、気になってアタマから口臭のことが離れなくなってしまうのです。それが原因のいじめもあり、中には自殺に追い込まれた例もあるほどです。
人一倍、身だしなみに気を遣う人は、人の視線やそぶりが自分に向けられていると独り合点をして、勝手にそれと口臭を結びつけてしまうことが往々にしてあります。身だしなみに気を遣うということは、口の中も当然きれいにしている人が多いのですが、それだけ、周囲の自分に向けられる視線などに過敏になり過ぎているきらいがあります。
40歳代半ばの男性に関しては、「他人に迷惑をかけたくない」という意識が、強く働くため、ということも一因かと思います。
自臭症の治療は、病院によっては心身症の診療科で対応しているところもあります。口臭に対する気持のうえでの強いこだわりをやわらげる必要があります。そのため、自臭症の患者さん特有の心理を理解している歯科医でも治療可能です。
もちろん、口腔内科・外科のある病院でも口臭の相談はできます。
実際の治療は「行動療法」が効果的で、そのポイントは、口臭がどの程度のものかを患者さん自身が認識し、わずかな悪い部分でも徹底的に治療をして治療の効果を自覚してもらい、自信をつけていただくということです。私どもの外来では、5回の通院でほとんどが完治しています。
自臭症のケーススタディ
初診で全身性の病気がないことを確認し、(*1)口臭テスターおよび、(*2)口臭判定マスクによる呼気の判定を行う。面接して一番気になっていることを話してもらう。(*3)歯垢の染色テストをして、沈着がそれほどでないことを鏡で見せて、納得させる。染まった個所を指し示し、「ここの悪いところをよく磨きましょう」と、歯の磨き方を細かく指導して、自発的な改善意欲をかきたてる。
2〜5回目の診察では、初診時のテストの結果をもとに、相手の性格に合わせて必ず治ることをきちんと説明。医学的な口臭の原因説明をしたり、正しいブラッシングの方法を指導し、食後の歯磨きの励行を約束してもらう。その結果について、家族や友人の反応を体験してもらい、自信をつけさせ、最終的には、「食後の歯磨きをせずにはいられない」、というところまでもっていく。
(*1)口臭テスター
においの度合が0.06ppm以下なら問題はないとされる。病院でおもに使われているが、ハンディータイプのものも市販されている。
(*2)口臭判定マスク
酒酔い運転の判定の要領。コップや鏡に息を吹きかけてにおいをかいでみてもよい。
(*3)染色テスト
染色剤の赤色2号を使う。薬局でも売っているので、自分でも確かめられる。
病的口臭でも自臭症でも、口の中をいつも清潔に保つのが一番だということが、今までの説明でもおわかりいただけたと思います。
それには食後すぐのブラッシングがもっとも効果的です。しかし正しいブラッシングは意外に難しく、どれくらい磨けているかを見分ける染色テストをすると、たいていの人が失格です。正しい磨き方を覚え、食後の歯磨きを習慣づけましよう。特ににおいの強いニンニク、タマネギなどを食べたら食後すぐに。
磨きにくくて今まで簡単に磨いていた個所は念入りに。ブリッジをしている人は、専用の歯ブラシがあります。歯科医で年に1〜2回、歯石を取ってもらうのも効果的です。常用している胃薬などが口臭の発生源になっていないかもチエックが必要です。
最近、口臭を消すうがい薬などの薬品が市販されていますが、やはり一時しのぎにすぎません。基本は何といっても正しいブラッシングに尽きるのです。
ローリング法とスクラッビング法がある。鏡を見ながら、二つの方法を併用して磨く。なお、つまようじは、歯肉を傷つけたり細菌を押し込めたりする原因になりやすいので、極力避ける。
スクラッビング法 ローリング法
内田安信先生のプロフィール